(この小説は独立した短編です。マーヴェリックがある日、ルースターのもとから忽然と姿を消して戻らなかった世界のお話です)
はじめに
NBCニュース ナイトライン・ドットコム カリフォルニア州の行方不明男性、未だ手がかりつかめず 二〇一九年八月二十七日 十八時三十六分 「希望は捨てていません」とブラッドリー・ブラッドショウ海軍大尉は語った。「八週間と一日が経ちましたが、彼がどこかで無事でいると信じています。彼について何か知っている人もまだいるはずです」 ブラッドショウ大尉の無二の友人、尊敬すべき上官でもあり、海軍の現役パイロットであるピート・ミッチェル大佐は、二〇一九年六月二十五日から行方不明になっている。 失踪当時、ミッチェル大佐はロサンゼルスから一時間半ほどのカリフォルニア州モハーヴェで、個人的なルームメイトであるブラッドショウ大尉とともに暮らしていた。 大尉は、若くして亡くなった父親の親友でもあったミッチェル大佐と六月二十四日夜に最後の会話をしている。すべてが普段通りに見えたという。 「洗濯用洗剤の買い置きがなくなったと言って、家を出て行きました。州道十四号とサイプレスの角にあるマーケットへ、バイクで出かけるつもりだと分かりました。朝一番で洗濯をする習慣だったんです。だから夜のうちに洗剤を買っておきたかったんだと思います」 大尉によると、ミッチェル大佐は週末にウィスコンシン州オシュコシュで行われるエアショウでの飛行を控えていた。 「およそ信じられないほどのストレスを受ける職業なのは確かです。しかし彼はどのような仕事も常に楽しんでこなしていました。生まれながらのパイロットなんです。操縦桿を握ることにすべてを賭けていました」 大尉がミッチェル大佐と話したのは、それが最後だった。 六月二十五日になると、ミッチェル大佐から一切の音信が途絶えた。メッセージの返信はなく、電話は繋がらなくなった。 「何か楽しみを見つけたんだと思いました。彼はプレイボーイで鳴らしていましたし、半日くらいどこかで自由にしていたいんだと。久しぶりに続けて休みが取れたところだったんです。カウチポテトで過ごすにはもったいないと思ったのかも知れない、ってね」 その日の深夜になってもミッチェル大佐は家に戻らなかった。大佐が秘密の任務のために家を離れたわけではないことは、翌日ただちに確認された。午後になり、大尉はカーン郡保安官事務所へルームメイトの失踪を届け出た。 カリフォルニア州警察のジョシュ・コランド警部補が電子メールによる取材に応えて語ったところによると、捜査当局は大佐が向かったと思われるステイターブロス・マーケットの周辺とサイプレス通り、それにミッドランド・トレイル周辺(監視カメラの映像で最後にミッチェル大佐が目撃されたガソリンスタンドの面した大通り)を捜索した。また、大佐の目撃情報は多数寄せられているが、確証があるものはないという。 コランド警部補によると、大佐の失踪に不正行為が関係していることを示唆する証拠はないとのこと。 「私たちは、合計で五頭の警察犬を出動させました。二回の死体捜索も行っています。でも何も見つかっていません」 ブラッドショウ大尉は、親友について情報を得るために専用のウェブサイトを運営している。 「どんな小さなことでも、協力してくれた方には本当に感謝しています」 彼と友人たちの集まりによって、ミッチェル大佐につながる情報を提供した人には一万ドルの報奨金が用意されている。 「彼がいつ帰って来てもいいように、用意は怠っていません。彼は必要な人間です。友人たちの誰にとっても」 ピート・ミッチェル大佐は五フィート七インチ、一四七ポンド、茶色の髪とヘーゼルの目をしています。最後に目撃されたのは、ブルージーンズ、黒のバイカーズジャケット、茶色のレザーブーツを身に着けていたときでした。 ミッチェル大佐の失踪について情報をお持ちの方は、カーン郡保安官事務所(661-861-3110)までご連絡ください。
それから スマートフォンのボイスレコーダー機能による録音 二〇一九年九月十日 十時十一分 タイトル=ジョニー・ベイソン、ファストフード店配達員 ええと。もう話し始めても? オーケイ、じゃあ…… (咳払い) 場所は、シェブロンオイルの角でした。何時くらいだったかな。夜の九時は過ぎてなかったと思います。商品のピックアップをして走り出した途端に自転車のチェーンが外れちゃって、路肩でしばらく立ち往生してたんです。何がどうなっているのか具合を確かめようにも、あの辺は街灯もなくて真っ暗だし、仕方なくガソリンスタンドの光が届くところまで自転車と荷物を引きずっていったんですよ。 自転車競技の選手なんかはああいう不具合を自分で直せるって聞いたけど、ぼくは仕事で乗り回してるだけだから、困ってしまって。ガソリンスタンドの人にも声をかけてみたんだけど、エンジンのついてない車のことは分からないって、そりゃあそうですよね。 だからやっぱり、八時半と九時の間くらいかな。八時半くらいに荷物をピックアップして店を出たんだったと思います。 びっくりするくらい感じの良い人でした。ぼくが困りきっているのは一目瞭然だったんでしょうね。乗っていたバイクを十メートルくらい先で止めて、戻ってきてくれたんです。やあ、何か問題が起きてるみたいだな、手伝おうか、そんな感じでした。年齢が少し引っかかるんだけど……もっと若く見えたんで。でも服装だとか、背格好とか、写真を見せてもらったらこの人に間違いないと思ったからなあ。 (雑音) そうそう。この人です。かなりかっこいい感じですよね。ちょっとドキッとしたくらい。 バイクに積んでいた工具を持ってきて、すぐにチェーンを直してくれました。かなり手慣れた感じだったから、こういう仕事をしてる人かと思ったくらい。聞いたら、機械いじりが趣味なんだと言ってました。いや、助かったのなんの。 あっという間のことでした。ぼくがお礼を言っているうちにもうバイクに駆け戻って、気づいたらもうテールランプが遠ざかっていくところだったから。 (やや長い沈黙) ああいう人には幸運が舞い降りて欲しいもんだな、って考えてました。あの日は深夜まで忙しかったし、配達が遅れたせいで怒られたりもしたんですが、あの出来事のおかげで何も気になりませんでした。仕事の後はぐっすり眠れて、次の朝まで気分が良かった。道を歩いても、友達に会っても、間違いなく自分が少し良い人間になったという感じがありました。そんな振る舞いを続けられたのが、ほんの一日か二日だったにしてもね。 彼が、何事もなく無事に戻ってくることを心から祈ってます。戻ってきたら、あのときのお礼をしたい。 この話って役に立ちますかね。もう何度もいろんな人に話したことだし、新しく話せることは特になくて、聞き飽きたって感じの内容だと思うけど。ええ、ええもちろんです。他にも何かできることがあったら、またいつでも連絡してください。もう一度彼に会ってお礼ができる日が必ず来るって、信じてます。 ウェブサイト『♯ピートを取り戻そう』 ヘッダー=ご挨拶に代えて
私たちの愛するピート・ミッチェルの捜索に、どうかご協力ください。公式の最新情報はすべてここに掲載されます。皆様の応援をよろしくお願いいたします。 ピートから最後に連絡があったのは、二〇一九年六月二十四日の夜八時八分で、携帯電話からでした。その後、彼の携帯電話は六月二十六日に停止しています。最後の目撃情報はミッドランド・トレイル沿いのガソリンスタンドです。私たちは、K9ユニットの力を借り、この大通りとその周辺の町や地域を積極的に捜索しています。また、行方不明者の看板をさまざまな場所に設置し、できる限り彼の名前と顔を知ってもらえるようにしています。 ピートを家に帰すために、どうかご協力をお願いします! 最新の更新記事=二〇一九年九月十二日 十九時五分 投稿者=ブラッドリー・ブラッドショウ
現在、私たちは市民の皆さんにいくつかのことをお願いしています。 ①ソーシャルメディアでピートの顔を公開し続けること、②もしピートを見かけたらすぐに911に電話し、その後、当サイトに連絡すること、③モハーヴェ、ワーレン、リファーシティ、ロザモンドなどにお住まいの方は、廃屋、小屋、家屋をすべてチェックしてください。 丸二ヶ月以上が経過しているため、彼はカリフォルニア州の外にいる可能性があります。あなたがどこに住んでいても、私たちのソーシャルメディアにおける投稿を共有し、目を光らせていてくださいますようお願いいたします。 私たち友人一同は、これまで共有されてきた親切とサポートにとても感謝しています。そして未だ祈りと助けを必要としています。ピートを見つけるまで、私たちは決してあきらめることはありません。 モハーヴェ市内のカフェ 『ウェルナーズ』 店内ブラックボードに寄せられたメッセージ いつもありがとう、また来るよ。ピート 新しいホットドッグ最高! 自家製ピクルスを瓶で売ってくれないか。あれを家でも食べられたらどんなに幸せなことか。カール・ウッドバーグ キーケースの落とし物を預かっています。心当たりの方は店主まで! マイク、これを見てたら連絡ちょうだい。ケイティ 最近、朝のコーヒーが少し酸っぱいかな。豆を変えた? わたしは前の方が好き。 この人を探しています。情報をお持ちの方はご連絡を。こちらのステッカー、チラシはご自由にお取りください。ブラッドリー・ブラッドショウ ステッカーを一枚もらいます。早く見つかりますように。 お店からのお知らせ=常連客だったピート・ミッチェル大佐が行方不明になっています。ミッチェル大佐についてご存知のことがあればぜひお知らせください。当店でもヤードサインやステッカーを配布しているので、ご希望の方はカウンターまでどうぞ。 ・窓用ステッカー 残り二十五枚 ・バンパーステッカー 残り十四枚 ・ヤードサイン 残り十枚 ・ラウンドステッカー 残り二十三枚 どこにいるの? またブラッドリーと二人揃ってパニーニを食べに来てくれるのを待っています。ホール係一同より
テキストファイル 無題 二〇一九年九月二十日 考え事をするために書くなら紙とペンだ、と大学の教員が言っていた。紙とペンを何度も試した。底なし沼に沈んでいくようで耐えられなかった。 おれは考え込みたくない。 キーボードを叩きながらモニターを眺めていると、そこに書かれた物事が上手い具合に遠ざかってくれる気がする。他人事のように。もう終わったことのように。 おれは今でもあの日のやり取りを思い出す。画面が焼きつきそうなほど見返したメッセージのやり取り。 「スーパーマーケットに来た。何か欲しいものは?」 「飲み物を」 返信なし。 「炭酸水かな。あと歯磨き粉も切れてた」 返信なし。 「間に合ったらでいいんだけど、ピタチップスが食べたい。フレーバーはあんたが好きなもので」 返信なし…… おれはすでにこのやり取りをすっかりそらんじることができる。そらんじて、彼がピタチップスの袋を手に取ったかどうかを考える。マーケットの監視カメラには彼の姿が映っていた。レジでバスケットの中身を精算する男の姿。炭酸水の大きなボトルがバスケットの中にある。ピタチップスの袋があるかどうかはよく分からない。食い入るように見た粗い映像をまぶたの裏に思い描く。 あれは本当に彼だったのだろうか? 便箋に鉛筆で書かれたメモ 誕生日おめでとう。一緒に過ごせなくて残念だ。プレゼントとメッセージを用意したので受け取って欲しい。勘の良いきみは気づいていたかもしれないが、ベッドルームのクローゼットの中に置いてある。 ぼくがそわそわしているように見えていたなら、週末のエアショウが楽しみだっただけではなくて、ただきみが小さかった頃と同じように緊張していたんだ。あの頃、きみの誕生日にプレゼントを抱えて訪ねていくとき、ぼくがどんな気分だったか……空の上でも滅多に握りしめない冷や汗を握って、ラッピングにシワを作っていないか気にしながら…… 宛先=NCインダストリーズ、道路事業部、安全管理室 送信元=デイヴ・パターソン オーク・クリーク・ロード舗装工事における夜間作業中の接触事案について 年十月二日 十四時五分 表題の事案について、作業員から聞き取り調査を行いました。書き起こしをファイル添付してお送りします。 率直に申し上げて、わたしも聞き取りに応じた作業員と同じ意見です。今後、同様の事案が引き起こされないためには、警備人員の配置を増やすだけではなく、地元警察の協力が必要でしょう。 問題の人物は、今年六月から行方不明になっている友人のために、夜間に個人的な捜索を行なっているとのことです。地元住民の間では周知の事実のようですが、作業員にとってはそうではありません。無用なトラブルを避けるため、警察との連携を強めると同時に、作業員への注意喚起も行うべきと考えます。
テキストファイル 無題 二〇一九年十月四日 おれはしきりに彼を探している。 牧草を積み上げるための農具に似た杖を持ち、砂漠の貧相な草むらを突いているとき。あるいは道端に捨て置かれた砂埃まみれのビニルシートを持ち上げようとしているとき。こんなところに人間が隠れているわけがないと思う一方で、もしかすると見慣れた彼の一部分がそこに転がっているかもしれないと考える。腕時計にしろ、携帯電話にしろ、あるいはどこの部分とも分からない肉の張り付いた骨のかけらか。緊張で吐き気を催しながら砂を探る。 おれは考え込みたくない。 砂の中には驚くようなものが眠っていることがある。七十年代からそこに埋まっていた手書きのラベル付きカセットテープや、二十四金のクリップがついた万年筆のキャップ、遺棄されたバスタブが丸ごと一つ、ガラス蓋がきれいに残っている鉱物標本の箱、半世紀前に出版された百科事典の表紙。 今日は小さなガラス瓶に入った紙切れを拾った。まるで海に流されたメッセージボトルのようだ。子供の遊びだろうと思ったが、好奇心に駆られて、苦心の末に瓶の中から紙切れを引っ張り出した。 おれは考え込みたくない。 その紙切れが、昨日冷蔵庫に貼り付けたメモ用紙の半分に似ていると思う。薄紫色の罫線に角の丸いざらついた紙。青いインクは昨日メモを書くために使ったノック式の水性ボールペンに似ている。 おれは考え込みたくない……
封書、エアメール 宛名=ブラッドリー・ブラッドショウ 差出人=ジェイク・セレシン 消印の日付=二〇一九年十月二十一日 我が親友、ルースター、元気にやっているわけではないことは分かってる。大した内容じゃないが手紙を書くことにした。お前はどうも──そうする理由がいくらでもあるにせよ──インターネットにどっぷり浸かり過ぎだし、電話をしても上の空なのが気になる。 まず、犬でも飼うといい。犬を飼うには忙しすぎるだろうから、休みを取れ。どうしても休めないときに犬を預けるホテルが近くにはないだろう。動物病院とホテルのあるところへ引っ越すのが早い。妥協するなよ。犬は人類最初の友人だという話は有名だが、最後の友人でもある。 おれは犬好きだから、犬に会うためなら大陸の端から端にだって飛んでいく。お前がアラスカに引っ越したところで問題ない。犬はルーチンが好きだ。散歩も決まった時間に行くのがいい。午前中に散歩をすると決めれば、夜の酒の量も少しは減るだろう。 おれからは以上だ。しっかりしろだとか、体を労われだとか、お前に言う役目は他のやつに譲っておく。 追伸、 サールズ・ヴァレーの件は残念だった。お前の努力は報われるべきだし、すべての死者には安寧があるべきだ。おれは大佐を尊敬しているが、次に顔を見たらお前のいないところで何発か殴らせてもらう。